正しい大宇宙の法則が本当にあるのですよ!

10月19日 土曜日 東京の天気 雨 時々 やむ 最高気温23度の予報

いやー、寒くなった。当たり前の話だが、完全に夏は終わり、残暑も終わった。

今年も長い長い暑さが終わった。

先日、自分もやっと衣替えができ長そでに衣服を変更したが、今日は部屋の中がやけにうすら寒く厚着に厚着を加えて上着のジャージの上に寒くて半纏(はんてん)も着るありさまの日となった。

実際の話、今まで半纏は着ると暖かい、とは皆、縁する人は口をそろえて言うけれど、自分は・・・・(そんなに暖かいか?)、というのが本音の話であるが、今日は半纏の素晴らしさを実感できた。生まれて初の感覚かもしれない。

今日はジャージの上にさらに半纏を着たらぽーっと・・・・暖かい。

部屋の気温のうすら寒いのはどこへ行った?  という感じである。(笑)

ホントの話、そんな厚着して着ぶくれ男になるなら、エアコンの暖房入れたら?

とも思うが、実は私、今年というか、来年の冬は暖房を入れないで、厚着して冬を越そうと思っている。

これは少し前の話であるが、テレビの天気予報で、今回の冬は【暖冬です!】と言い切っていたので、エアコンの暖房を入れないで今年は冬を越せるか?

と直観的に思ったし、冬はエアコンや暖房機器類を一切使用しないと電気代はどのくらい安いかも調べてみたいと思った次第である。

まあとことんまでというか、ホントギリギリまで暖房は入れずに行きたいと思う。

どうしてもグロッキーするほどブルったら暖房はいれるかもしれないが、それ以外は暖房を入れないで過ごすつもりだ。

また、今日はネット通販のアマゾンでダウンジャケットを一着購入した。

今まで使用していた白のくすんだお古のダウンジャケットは本日おさらばして処分した。

ここ数回の投稿で、自分は創価学会員の壮年部員で、生活保護受給者でもあると公言したが、公言をしたことに一切後悔はしていない。

何事にも裏表のない性格でもちろん自分も含め【個人情報】と名がつくものは一切公に出来ないが、今回は最低限のレベルで話して支障がないことだけを公言したつもりである。

しかし、世間はそんなことを言うと、【お前、宗教をやってるのか! さらに生保か・・・・最低だな・・・】なんていう人も中には実際いるのだが、そんなことはお構いなしでいきたい。いいたいやつは言えばいい・・・と思っている。

しかし、僕は創価学会・壮年部員ではあるが、普通のタイプの学会員とはちょっと違う。

自分は【信心】はしっかりしていると自負しているが、人生の方向性で苦労があまりにも多く、バッシングの経験が多いためか、学会員の良いところは良い、と言うし、悪いところは、ここが学会員の悪いところと、隠さず公言するのでややアンチ創価学会員のような人間に見えるであろう・・・と思っている。

ただ、ここが良いところだ。学会員の悪いところも公言するが、僕は怨嫉はしていない。

今まで手のひらを返したように態度を変えた学会員にたいしても怨嫉はせず、相手の幸福をとことん心の底から祈ってきた。

またこれは公言していなかったが、自分は唱題の所謂、【猛者】と言われる男である。

平然と、サクッと毎日唱題4時間あげ、壮年部の太陽会の地元の組織の本部回りの家庭訪問の日は、やはり一日サクッと7時間唱題をあげ、日曜日は、何も予定がないと、早朝4時からスタートして夜の7時半過ぎまで、椅子に吸い付くように座り続け、毎週日曜は10時間の唱題をあげている男である。

これは自慢話であるが、下手な学会の幹部より、唱題はあげていると思う。

ただ、これは言っておきたい。自分の長時間唱題は、唱題のための唱題ではない。

真剣勝負の生きるか死ぬかの唱題10時間である。

こんな事を書くと、創価学会の修行というか、唱題行は、信心をしていない一般庶民からすると【苦行】としか映らないので、この話は学会員でも一部の幹部しか僕がこんなに題目をあげていることは公開していない。

また、この半年間の唱題中の祈りは時間的に遅れた結果もあったが、すべて祈った通りの結果になった。つまり、すべて祈りは叶ったから不思議であった。

しかし、言っておきます、ただ祈っただけでは祈りの願いは叶いません。そんな祈りは迷信です。祈って、その祈ったことを実際に行動に移して結果をすべて祈った通りに出し切っていく、からすべての祈りは叶うんです。

しかし、こんなことを書くと、そんなら動いて結果を出すなら、別に祈らなくてもいいじゃん、という人もいるかもしれませんが、ここに秘密というか秘儀があるのです。

これは学会のご本尊に祈ると実感する感覚がありますが、大宇宙、というか大自然の根本の法則・・・もっとわかりやすく言えば、大宇宙の正しい運行にご本尊に南無妙法蓮華経と題目を唱え続けると自分の心の根源のリズムが大宇宙のこの正しい運行の軌道とビシッと合致することによって、大宇宙の法則を我がものにできるのです。

そうすると、いろいろ人生良いことも悪い結果も、最終的にすべて良い結果に方向転換させる不思議な力が、この大自然の法則に命名したお名前の南無妙法蓮華経にはあるのです。

これは経験した人しかわからないことなのです。

だから、この大宇宙の運行の法則を皆様に懲りずにお伝えしているのが創価学会なのです。

創価学会というと、池田先生をバッシングしてますが、この宇宙の正しい法則の中で生き続け結果を出し続け大自然の魔を打ち破り続けすべてに勝利した方が池田大作先生なのです。

なので、我々弟子と言われる、正確には弟子と意識する我々は三代会長の指導を世界に宣揚して世間の方々にこのすごい大自然、大宇宙の正しい運行の実態の法則を訴えているのです。

その大自然、大宇宙の真実の実態の姿に南無妙法蓮華経とお名前をつけた方が日蓮大聖人なのです。つまり末法の最初の悟った方なので末法のご本仏の真実の仏と言われるのです。

まあ実感して、理解し、感覚としてご本尊に題目をあげ、その力を実感として理解した者じゃないとこのご本尊の力はわからないでしょうね。

だから理解しない世間の方がたに、我慢強く訴え、伝え、教えている、【折伏】という行為が我々のこの大法則の伝達手段なのですよ。

まあ、大宇宙の正しい運行の法則を教えていますが、信じる信じないはあくまでも相手の知恵ではないでしょうか。

その大法則を簡単に理解するのは難しい。だって大宇宙の凄さって、まだまだ科学じゃ解明できないものが多いじゃないですか?

それを教えるために折伏という手段で皆様にこの大宇宙の大法則の運行を体験した者が教えているのですが、その教える人の【印象】が悪い人は、なかなか正しい事を言っても世間の人はあまり信じてくれないので実際の話です。

解りやすく言えば、犯罪者がまっとうな事を発言したとしても、その本人の印象の悪さから正しいことも素直に世間に伝えきれない事実が世法というものなのです。

何か今日は自分でも不思議なくらい知恵が働いて解りやすく説明してますね。(笑)

今日は本当は本日のブログは【人間性】をテーマに語ろうかと思っているのですが、学会も人間の集まりなので、中には正直【悪い人】がいるのも事実ですし、【印象が悪すぎる人たちの集まり】も組織の中には【ある】のも事実です。

前のブログにも書きましたが、学会員は、世界で一番【心の暖かい人間の集まり】ですが、やはり我々【過去からの何十憶万年の悪い業】が心に刻まれているので、それが現在爆発していると、今は悪い印象の学会員のかたもいらっしゃる・・・ということです。

また人間性を疑ってしまうほどの性格が悪く見える学会員もいます。

では、俗にいう【良い】と言われる学会員は、本当はひとにぎりか? というとそうではありません。純粋に素直な方も溢れるほどいます。

ただ、純粋すぎると、またちょっと人間性として印象が悪くとられる方もいます。

ただ、学会員は、俗にいう【変態的】という表現の印象の方は、ないに等しい、と見ているのが僕の見解です。

学会員はご本尊に題目を唱えているせいか、やはり心が少なからずとも洗われ浄化されているので、心が汚れ切った【変態】とよばれる人は不思議なくらいいないですね。

ただ、セックス上での変態行為は僕はしりません。(爆笑)

僕は、学会員の心を知るまで、30年以上かかりました。

その間、ずっと【学会員は少し変な奴が多い】という表面上の見方しかできていませんでした。それが【それは生命が浄化中】・・・学会風に言うと、【人間革命・宿命転換の途上】の通過点であると深く理解し優しくなれる自分になれるまで僕は30年かかりました。

それまでは人間不信に陥る学会員の命の裏表がどうにも僕は受け入れられなかっです。

今でも人間不信はあります。私は生活保護受給者なので、やはり生保の人間は世間的に厳しい評価なのでしょうか、話の口調が小バカにしたような表現をする幹部がいるのも事実の話です。

逆に、学会の所謂、見えない部員さんの方が【まだましな感覚】に受け取れる瞬間もなくはありません。

前回も書いた通り、活動上、組織上、変な汚点を残すと、手のひらを返したように冷たい人間も集まりもあります。最悪なのは、信じ切っていた、分かりやすく言えば、ホント地元の所謂【優しい学会員】という方々が手を返したように冷たい態度をとってくるときは、正直耐えられない傷つき方が時にはありました。

まあでも、だからそれを受けて自分も傷ついてばかりではいけないと、気が付いたのもここ数年の事です。

相手が変わらなくてもご本尊に題目を上げ続ければ、自分の生命はきれいに洗われ、自分は変わることができる自分に気が付いたのやはりここ数年です。

なので、僕は幹部の言動は厳しい評価をもっています。

しかし、こんなことは、言い続けていてもしょうがないなのです。だからと言って、引っ越してその地元組織を離れて心機一転の別の組織で頑張ろう・・・・と思っても結局また同じ悩みで悩まされるんですよね。

この法則をしらないと、ずーっと苦しむことになるんです。

だから教学、または、信・行・学 はいつまでも純真に大切であると言えます。

僕は、辛口コメントの学会員なので、反逆的、アンチ系の学会員に見えますが、怨嫉がなかったのでずーっと僕は救われ、学会員からの酷いバッシングの渦中でも純粋な題目を上げられました。

まあでも、本当に、退転や惰性は怖いです。歳をとると信心も純粋じゃなくなるのもある側面では本当の話だと思います。

最終的には、どこまでいっても、ご本尊、そして師匠たる、今でいえば、池田先生との師弟不二の関係の自分なのだ・・・・と微動だもしない自分になれるか・・・・を人生の中で作れるかが生涯のキーポイントではないでしょうか。

今回も長く宗教論理を語りました。

今回も最後まで読んでくれてありがとう。

僕のブログはいつでも真実のお話です。今度は、シンガーソングライターとして音楽の話も投稿するつもりです。

お楽しみに。

By 題刻堂

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