旅は道連れ世は情け・・・なのだ。

10月10日 水曜日 東京の天気 晴れ 時々 曇り 最高気温27度

今日は最初に断っておきたい。

今日の投稿記事は、愚痴やひがみや恨みではない。共に成長の記録であり、自身は書くことによりストレスは発散されると言っておく。(笑)

本日も流れ的にはあと数時間で消灯を迎えるので、今日も小説は腰を落ち着けて書ける時間帯ではないので、ブログを今日も書こうと思う。

ここ数日、ちょこちょこ投稿しているが、連日投稿は記憶の限りでは初めての試みだと思う。

運営サイトを大幅に閉鎖・削除したことによって、ブログを書くことが楽になった。

結果的には、良い方向に向かっているのだと思う・・・ようになった。(笑)

今日のブログは結論的には、昨日投稿した記事の【続き】になるのかもしれない。

昨日は知り合いの電話で気分が冴えなくなり、本日は自分の知り合いのその人の知り合いの人、所謂、知り合いの友達と組織上での打ち合わせだった。

昨日、非常に気にしていた悩みと言うか、自身からバラしてしまった秘密事は、会ったその友達からは一言も何も入らなかった。結果滞りなく事は運んだ。

しかし、その友達は、組織上では本日の中心幹部なので、知ってて言わない可能性も無きにしもあらずだが、まあ、自分がバラシタ内容がすでにもう耳に入っている、と思って間違いはないだろう。

今後は冷静にすべてを対処しなくてはけいない。

今日は、その知り合いの友達の幹部を中心とした組織上の来る会合の打ち合わせであった。

集まった人数は僕を含め六名。地元の、僕は少し距離的にはなれているが地元としてはやや遠い、ファミレスでの打ち合わせになった。

今日は時間的に午後1時半に集まり、集まったみんなは昼食を食べてきたメンバーばかりだが、若干一名、おごりをいいことにあえて食事を済ませないできたメンバーのような人が一人いた。

自分としては、いくら組織の建前上、幹部のおごりとは言え、昼食は常識として済ませてくるべきだとは思ったが・・・。

その若干名の人を・・・仮に名前を【一郎君】としよう。

ここだけの話だが、その一郎君は、僕の事をライバル視している。

実際には、ライバル視じゃないかもしれないが、会うたびに僕を意識しすぎているのはよく解る。

今日のその一郎君、今回も話の中心者になりたいのか、マシンガンのようにずっと打ち合わせの間話しっぱなしだった。

まあ僕は、今日は打ち合わせに対して、【意見】は持って参加していないので聞き手にずっと回っていたが、一郎君は僕が打ち合わせで意見や話を言わないことをいいことに、前回の会合の僕の司会の進行の事で説教までしてきた。

現実には説教の意識はないかもしれないが、【俺が司会をすれば完璧さ!】レベルの説教はされたと僕は認識したつもりである。

最初は話を聞いていて、その説教の出だしの発言の「前回の会合の流れが悪いのは全部あなたの判断が悪いのよ!」的な事を言われてちょっと正直な話、ムカッと腹がたったが、まあ冷静に考えれば、僕の判断の誤りは、間違いないのかもしれないので、説教を一郎君から聞きながら、ウンウンと相槌を打ってずっと静かに説教を聞いてあげた。

本人、俺が何も言わないことを良いことに、最後まで誇らしげに説教されてしまった。

まあ正直な話、本音を言えば、今日の打ち合わせに集まった面々では僕が最年少のメンバーなので、偉そうな意見は毎回控えているが、しかし僕はいいたい。

今日の打ち合わせもそうだったが、来る会合の打ち合わせを決める段階で、自分たちの満足の行く会合内容を決めるのはいいが、結果的に自分達だけの自己満足に終わっては絶対にいけないと僕はいつも思っている。

ようは、当日、会合でも会議でも何でもいい。

集まるメンバーがその会合を縁に成長できなくては絶対に意味がない。

中身だけ決めるだけ決めて、主役たる参加者が【精神的に辛い会合】ならば、すべてそれは本日集まったメンバーの責任だとはっきりと僕はいいたい。

今日も一郎君が話題の中心になって事をすすめるワンパターンの形になったが、一郎君の意見を、今日の中心幹部は取り入れるのか・・・と言ったら、取り入れた部分はないと確信する。

昔出した、一郎君のアイデアは今だ毎回の会合で取り入れてはいるが、正直な話、会合に集まるメンバーの評判はいかに・・・・という感じだ。

こんなことを書いて、暴露話を書くと、いかにも一郎君への仕返しか、的な感覚を読んで覚えるかもしれないが、僕のポイントはそこではない。

ようは、自分も成長し、一郎君も成長する打ち合わせと会合にしなくてはいけない、という事だ。

組織の人選の中で、一郎君が所属する組織では、一郎君ほど元気があり、意見を言い、アイデアマンのように見える人材は一郎君しか人選的にいないのかもしれないが、打ち合わせで【意見】としてはいいかもしれないが、【独占】や【自己顕示欲】の強調は絶対にいけないと思う。

阻止しては、人材は育たないが、師匠の決意をみんなに教えないといけないのは、会合の内容を決める、我々の使命に他ならない。

僕はいつも思う。

僕たち壮年、正確には、地球上に住む人間は全員だが、僕たちは毎日毎日生きているが、正確には、毎日毎日、死に一歩一歩近づいていて、残り少ない人生を悔いのないように生きる意識を高めないといけない年齢であり年代だ。

これは全員に当てはまるが、我々の人生は、今日という一日は、もう二度と未来には同じことがおこらず、本日を悔いのない人生にしないといけないのだ。

これを只今臨終というのかもしれないが、毎日が真剣勝負なのには違いない。

人間はみんな毎日を真剣に、そして一生懸命に生きてはいるように見えるが、究極は目先の判断の連続の中に【それをベスト】と決め込んで一生懸命行動を起こしているのが現実の現象である。

今日も僕は、今日の二度と戻らぬ日を意識して、一郎君やお友達幹部、そしてそれに集まる各組織のリーダーの発言や行動、所作を真剣に観察していたが、みんな一生懸命、打ち合わせで考えているかもしれない・・・・

しかし、見栄えだけのいい会合づくりは大失敗なのだ、と申し上げたい。

これは、会社や他の会合の運営にも言えることだ。

ようは、会合に集まる参加者の命に【何を打ち込むか?】が問題なのである。

自分達の自己満足のような見栄えのいい会合ならば、打ち合わせなどしないで、幹部が勝手に会合の式次第を考えればいいだけの話で、見栄えのいい内容を決めるだけに集められるメンバーと消費する時間は絶対にもったいない。

正確には、自分も含め、打ち合わせに集められたメンバーの命にも何かを打ち込んで全員が成長の因と縁を分かち合わないといけない。

これは理想論ではないのだ。僕は、人生に無駄な時間はもったいない・・・と言っているのだ。

今後も打ち合わせに集まるたびに一郎君のスタンドプレーが目立つだろう。

見栄えの言い会合のアイデアはいっぱい集められても、成長の因はまったくない会合になっていく不安がしてならない。

今日は思ったが、今日の打ち合わせは、60代70代がメインでその中の最年少が僕だけであるが、みんな何かを手探りして毎日を生きている。

毎日毎日、人生の中で、自分の確信ある何かを発言、行動の中で探している。

その何かとは・・・何か・・・・。

それは、充実した、絶対的幸福、崩れざる充実した幸福を探しているのだと申し上げたい。

一郎君の親は、もう年齢的に認知症が進んでいる、と言っていた。

みんなひとりぼっちの人生で本音は寂しいのだ。

その寂しさを打ち破るために、瞬間瞬間の成長が必要なのだと申し上げたい。

今日と言う日は、もう二度とやってこない。今日は今日で終わりなのだ。

その今日を悔いのない一日、そしてまた一日という連続を創り、自分の人生を飾りゆく歩みにしたいものだ。

最後に、僕は一郎君の【自己顕示欲】は好きじゃないが、ひとりぼっちの人間としては大好きだ。根は悪い人じゃないし・・・・。

今後も、会うごとに一郎君とは良い縁を重ねたい。

本日はこの辺で・・・。

今回も僕のブログを最後まで読んでくれてありがとうございました。

このブログを観覧するすべての皆様の幸せを祈りつつ・・・・。

By 題刻堂

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