人生はうまくいかなくて普通なのですよ。

10月6日 土曜日 昨日の東京の天候 曇り 一時 雨 最高気温20度

今日の東京、と言うより、自分の部屋の中は気温が低くて寒かった。

今日は、春以降、初めてエアコンの暖房を入れたくらいだ。ただ、一回だけの暖房で今日はやめた。仮眠の最中に寒くなければいいだけだ。

今日も小説の執筆の時間が取れそうにないので、ブログを書こうと思う。

今日は、生きる、とか、人生をぶっちゃけ論したい。

50年以上生きてきての素直な人生所感が共感を呼ぶと信じたい。

人生は、大半の人間が平凡な人生で終わると言っても過言ではないと思う。

まあ、平凡と一言で言ってもピンからキリまであるが、人間は子供の頃から平凡という生き方を覚え、実は心の中でそれを【脱皮】したいと常に思っている。

その【脱皮】という表現の究極は、【幸福】になるのだろうけれど、男に限って言えば、ある年齢に達すると、【自分もいつかはビッグな人生を生きてやろう!】と少なからず人生の成功を夢見るものだ。

現実、自分も子供頃、あれは小学生の低学年の時だったが、自分は子供ながらに【発明家】になりたいと思っていた。その思いが、大学ノートにいつも理想の未来の自転車の絵をよく描いていた覚えがある。自分としては、バイクを描きたかったのだが、いくら描いても自転車の感覚から脱皮できずに自転車の絵ばかりを描いていた。

それが小学生の高学年からは、今度は発明家から漫画家になりたい夢が膨らんだ。
本屋に行き、【漫画を描くには・・・】などと言うタイトルの本を買い、ケント紙、ペン、羽箒など買いそろえて勉強もろくにせず、自分の思うように好き勝手に漫画を描いていたが、物語はいつも【サスペンス】とか【ミステリー】が多く、なぜか夢や希望からかけ離れた推理もののストーリーを描いていた。

だが、問題は、基本だ。デッサンもろくに学ばず、ぶっつけ本番で漫画を描いていて絵が上手になるはずがないが、その当時は、ただひたすら漫画が描ければ幸せだった思いがある。

ある時、小学生では大胆な行動だったと思うが、出版社に電話して、持ち込みをやった経験が一回だけある。

持って行った出版社は、当時、今は・・・たぶんないと思うが、当時【少年キング】という少年誌があり、松本零士先生の銀河鉄道999を連載していた出版社の少年誌の担当者にプロの眼から観た僕の漫画を評価してもらった。

ストーリーの注意点はなかったが、やはりデッサンが未熟すぎる、と言われてショックは受けなかったが、プロの出版社の人間に見てもらえた、というだけの感覚に歓喜して自分に酔っていた子供時代がある。(笑)

しかし、中学になると、感覚的、精神的に大人になるのか、漫画は一切やめてしまい、勉強もそんなにやった覚えもない。そのかわり、性の勉強が深くなった。(笑)

今はこんな言葉は聞かなくなったが、当時、自動販売機で【ビニ本】が売っていたので、しこたま貯金した金を食いつぶして、夜、誰も歩いていないような時間帯を見計らって、周囲を気にしつつ、素早い行動で自販機からビニ本を取り出して自宅に持ち帰り、家族が寝静まった時間帯に、受験勉強をするふりをして、ビニ本をめくって女性の体に興奮していた覚えがある。(笑)

僕は、高校は県立の工業高校を卒業したが、高校時代は、勉強は良くもなく、悪くもない範囲で勉強して、惰性で生活していた記憶がある。あの当時、将来何をやるのか、高校を卒業したら、どこに就職するのか・・・なんて悩んでなかった。

ただ、時の流れるままに生きていた高校生生活だった。

まあ、高校を卒業して、最初の仕事は、指輪を製造する、貴金属宝石加工の会社、所謂、飾り職人の世界に就職したが、この仕事は、希望する職種ではなく、僕の母親が選んできた就職先で、ようは給料がそこそこよく、生活費を家にいれてもらいたく、母親が勝手に決めてきた就職先だった。

そこから時は数年流れ、二十歳の時に父親が借金をして、そのだらしない親父の私生活が嫌で僕は二十歳で家出する人生を送るのだが、僕は二十歳から親のいない生活をしてきた。

もちろん自分勝手に好きなことを存分にやった大半の人生を送ってきた。その結果が占い師につながったのだが、青年時代はバンドに狂った。両親は家出した自分を必死になって探していたと思うが・・・・。

しかし、好き勝手に生活したわりには、平凡から脱皮することは不可能だった。

僕が思うに、平凡の内容、つまり質は、人それぞれ違う。

金欠病が続く生活の平凡な人生。生活が豊かだが、豊なりの平凡な人生。

人間は、平凡な中で、何度も自分を律し、反省し、向上心をもって、時の流れるままに生きるのが人間の人生なのだと・・・・それが解ったのが40代の半ばだった。

僕は、占い師で色々な男女から相談を受け、悩みを聞いてきたから解るが、大学に進学したからといって、学生時代から人生の目標や未来の就職先を決めて大学に進学するのは、ごく一部というのが本当の現実だ。

実際は、大学受験に合格してから、将来の未来を考えるのが普通の流れの人生のようだ。

ただ、大学に進学したから、素晴らしい人生で、社会にとって善い人材になるのか、というのはまた別問題なのだ。

大人になると、自分の人生は、自分で決める生き方をするようになるので、それぞれの煩悩や宿業の深さで、考え方や生き方が変わってくる。

とくに、人間にとって金や異性の問題は、人生を大きく狂わせる人生の転換期だと言ってよい。

人間は、金の使い道を覚えると人生観が変わり、異性を意識しだすと、相手に合わせる生き方をしようとする。

これはよく聞く話だが、男は女によって人生が決まり、女は男によって運命が決まるとよく言われる。

だから、異性の観る目がないと、人生、痛い目に合い、思いもしなかった苦労が待ち受けて、いつの間にか時が流れ、歳を食い中年期を迎えていた・・・というのが平凡な人生の人々の生き方だ。

人間は、いつも心の奥で、【華やかな人生】を夢見ている。華やかという表現は、解りやすく言えば、豊かな生活だ。それは幸福とも言うが、一般人の夢見る幸福論は、時間と共に幸せ感が薄れていく。

そしていつしか惰性の連鎖にはまって、マンネリ化の生き方が定着するのだ。

それが、人間の人生であり、仕事や家庭のマンネリ化の内容によって、充実感がそれぞれ違うだけだ。

数回前のブログの投稿記事にも書いたが、人間、キラキラ生活などと言うのは、ごく一部の人間の生き方であって、大半の人間は平凡な人生を送っている。

フェイスブック等でキラキラ画像を毎回投稿している人が目立つが、実際はそういう生活を続けたいという願望であって、投稿する画像には、常に【嘘】が隠されている。

人間の人生は、本当に苦労と努力をし抜いた人だけが、自分の生きたい道を作れる訳であって、普通の生活をしている人は、平凡な内容の人生で終わるのが普通だと言っておきたい。

ただ、人間の人生には、桜梅桃李がある。

その人だけしか輝けない人生の生き方がある。

その生き方を平凡の人生の中で輝かせればいいのだ。

背伸びをした人生は、自分の心に嘘を刻んで生きているだけ。人生無理を続ければ、老け込みが早まり早死にするだけ。

だから、僕はあなたに言いたい。

マイペースの生き方が、常にベストな人生観を生み出すのだと申し上げたい。

人生は、自分に嘘のない生き方をした人だけが、僕は人生の勝利者になれるのだと、半世紀生きて出した答えです。

悩みも苦労も人生には一切無駄がありません。全部あなたの成長の糧となるのです。

大切な事は、常に未来を見つめ希望を持ちつつ、人生は負けじ魂で毎日を挑戦する日々にしていくことこそが勝利する人生観だと申し上げたい。

今日を、そして、明日を悔いのない生き方をすけば、それだけでいいのですよ。

人間は、どんなにがんばっても自分のイメージする人生にはならないのが、人間の人生というものなのですから。

今をベストに精一杯生きましょう。それが希望の未来につながって行くのですから。

今回はこの辺で・・・。

今回も僕のブログを読んでくれてありがとうございました。

このブログを観覧するすべての皆様の幸せを祈りつつ・・・・。

By 題刻堂

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