今を見つめて、そして遠くを見つめて・・・。

3月26日、日曜日 東京の天候 雨 時々 止む の 予報

最高気温6度

さあ、今日は自分の鮮烈な思い出をこのオフィシャルブログで書いてみよう。

今日は外は雨が降っている。

でも、この投稿記事を書いている今の時間(PM1:35)は、ポツリポツリの程度の雨みたいだ。

今日は日曜日という事で、僕の部屋にいる同室者の寮生も、良く言えば、のんびりしているし、悪く言えばだらけきっている怠惰な生活を平日以上に繰り返している。

その中で、まあ、平日よりかは緊張感はちょっと緩いが、午前中から忙しなく、見た目、いつもの平日のようにパソコンに向かって黙々と口もきかずに作業に励んでいる僕の姿がある。

本日お届けする、無料鑑定の依頼者には、もう鑑定報告書は午前中に送信したが、今日はWiFiの調子というか、データ通信の状態が最高に悪い。

本日で、5ギガのボーダーラインを超えたので通信制限が午前中から働いているので、データ通信のスピードが物凄く遅く、ブラウザの表示がいつもの3倍以上の時間がかかっているが、最近は慣れたもんだ・・・という感覚になっている。

要は、一日のパソコン作業、なかんずく、ネット作業の大事なポイントのところで、トラブルなく通信が、激遅でもちゃんと仕事がこなせれば問題ない話だ。

この通信制限は、もう月末まで規制がかかるが、まあしょうがない。

昨日の土曜日、つまり3月25日は、朝から超ラッキーな出来事があった。

実は、僕の今まで寝ていたベッドの本体は、土台となる本体と足になる接地面が壊れていて、本体なる土台を針金で何重にもグルグルと巻いて釣り上げて、正確には足となる側面の作りの首に括り付けて吊るし上げて、何とか維持というか、持たせた状態で、もう3年半ぼど、その状態で我慢をしてそのベッドを使い続けてきた。

なぜその僕のベッドが壊れたか、というと、約4年前に早朝、僕は当時の部屋の新入居の同室者と、取っ組み合いの喧嘩をして、僕が相手となるそのバカな男の襟首をぐいぐいと強引に引っ張って僕のベッドに勢いよく二人でもつれ合いながらぶっ倒れたらベッドの土台が壊れてしまった、というお話である。

まあ、このブログではよく書いて公開しているが、とにかく僕の住む男子寮は、まともな奴は一人も存在しないが、僕はいつも常識を重んじてみんなに接しているつもりだが、だが、その優しさを逆手にとって僕を【利用しよう】と考える、所謂、アホな男もいる。

その早朝に、襟首をつかんで喧嘩をした男も、所謂、変な男であった。

もう約4年前の事になるが、入居した当日から変な不審な行動を起こしだし、【目立った男】であった。

その男がある日入居したが、午後一番で入居したので、その日の夕飯が最初の【寮の食事】になるのだが、食事が終わったメンバーはみんな部屋に戻ってきているのに、その男だけ【戻らない】時間がずっと続いて、僕は一応気にしてか食堂に舞い戻ったらその男は【変な行動】を起こしている真っ最中だった。

毎回食事が終わると、寮長が食事の用意をするので、食事が終わった食器類も全部洗って片づけるのが寮長の仕事なのだが、その寮長が後片付けを始める前に、食堂の照明をすべて消して、エアコンも消して、それに考えられない行動は、給湯器のお湯の温度を設定するパネルの電源まで落として、お湯まで使えないようにすべて【電源を切った】のが、そのアホな男の初日の不審な行動だった。

僕はその不審な行動の真っ最中の男に向かって、【なんで電気消してるのっ! 寮長が仕事できないじゃないか!】、と、声を張り上げて一喝したら、その男は表情も変えずに【仕事始める前に、また電気点ければいいじゃないですか。電気がもったいないよ・・・】と・・・・。

まあ、普通に聞けば、まあ理屈は間違っていないが、食事が全員終わるのを待っていて、尚且つ、寮長が後片付けを始めるまでの【前の】数分間ですらも【電気がもったいない・・・】と、いう理由からすべて・・・給湯器の電源まで切る変な男だった。

そして、その男が入居して数日後に喧嘩は起こった・・・。

まあ、その数日間、色々な事があったが、うちの寮は消灯時間は夜10時だが、その日の最後に僕が寮の部屋の照明を全部消す役目なのだが、僕がまだパソコンで仕事をしているのに、普通は解りそうなもんだが、10時ジャスト1秒を過ぎたら、問答無用で誰が何をやっていようが、すべての電源、つまり部屋の給湯器の電源もエアコンも照明も大元のブレーカーもすべて消す、【アホな男】だった。

そして、問題なのは、一応消灯時間になっても、テレビを夜観たい場合は、真っ暗な部屋で、イヤホンをしてテレビを観ればOKなのだが、その変な男は、【もう時間ですよ・・・】、と言って、その観ている寮生の、テレビに接続したイヤホンを強引に抜き取り、テレビの電源を強制的に切って・・・・平然とした顔で【寝る時間ですよ・・・】といったバカな男だったが、もちろんそのやられた方の寮生とは消灯時間から口喧嘩の大喧嘩になった。

そして、その次の早朝の朝、僕と大喧嘩になった。

僕は、部屋の同室者の中で、誰よりも一番早く起床する男だが、僕が台所で洗面をしていたら、突然、そのアホな男は、【水をとめろっ!】と照明の消えている部屋の中で僕に怒鳴った。

僕は何を言われたのか!? と思い、その男を見たら、何かぶーぶー言っている

よく話を聞くと、歯を磨いている途中の、使わない水は、すべて栓をひねって水を一切止めろっ! と命令口調で言ってきたから、とうとう僕もプッツンとキレて大喧嘩になった、という事だ。

最初は大声を出した言い合いだった。

だが、僕もだんだんそいつと言い争う中で、頭に珍しく血が上ってしまい、気が付いたら、そのアホな男の襟首をつかんでグイグイと目一杯部屋中を振り回していた。

そして絡み合う中で、僕のベッドに勢いよく二人で倒れこんだら、ベッドの土台が二人の重量に耐え切れなくて見事ぶっ壊れた、という事だ。

まあ、こんな変な奴は、僕の寮、願わくは僕の部屋では【ごく一例】に過ぎない。

この9年間は、ほとんど変な奴ばかりであった。

普通だと思える・・・まあまあ、まともな思考な奴は一握りの数名ほどしかいない。

それ以外は【何かしら変な特徴】をもった人格ばかりの男でこの寮は溢れている。

まあ、僕が入居した当初から3年くらいは、ヤクザとチンピラぱかりの寮だったが、それから比べると、今は【オトナシイ時代】にはなったとは思うが、それでも【常識】はまったくない奴らばかりが揃っている。

それで、その壊れたベッドをずっと使い続けて、やっと3年半後くらいの昨日、例の先日警察にご厄介になった、酒飲んで強制退寮になったおじさんのベッドと交換して、無事に【まともなベッド】になった、というお話だ。

昨日は寮長が朝早く、僕の部屋に、その空いているベッドに布団を持って来た時に、『実は・・・』、という出だしで寮長にベッドが壊れている話をしたら、『じゃあ、この空いてるベッドと交換しろ(^^♪』となって、寮長の気が変わらないうちに交換をしてしまった、と言うお話でした。

僕は、この寮に住んで今年で9年目になる。

もう一人、今年で10年戦士になるおじさんもいて、僕は寮の中では【古株第2号】になる男だが、しかし、寮長や【仲の良い寮生】の話では、僕は寮生の中で、一番【リッチな生活】をしている男らしい。

まあでも、普通に考えれば、【道理に叶った話】で、9年も住んでいれば、物質的にそれなりに持ち物も増えるし、他の寮生は特に気になるみたいだが、僕はパソコンを二台もって、さらにインターネットをやっている・・・・これが一番の魅力らしい。

寮長の話では、僕以外のメンバーはパソコンを持っているメンバーもいないし、なおかつ、インターネットの環境なんて誰ももっていない・・・と言っていたが、僕の寮での生活は、みんなが思うには、【僻んだり】【恨めしく】思ったり、まあ、まともな奴で【憧れる】という感覚の印象を覚えるらしい。

しかし、今は何となく【平和な時】を迎えた寮だから話せることであるが、この9年間、本当に地獄の日々の連続だった。

特に入居から約3年くらいは、【どん底】と思える生活が、自分の思いとは反してずうーーーーーっと続いた。

この内容は、前回の投稿記事で書いた通りだ。

このブログでも書いて公開しているが、僕は【超メモ魔】だ。

僕は生活をする中で、いつも下の画像の小さなノート2冊をいつも手元に置いて生活をしている。

9年前の入居した当初は、この2冊のノートもまだ真新しい新品さが漂っていたが、9年の時が流れると、見た目も風格がでて、すたびれてしまう・・・。

青い方のノートには、生活する上で、大事な日々の詳細が書いてある。

特に信用できない男の会話の内容は、ほぼ全部表記してある。

前に、俺はそんな事を言っていないっ! というような内容のヌレギヌを着せられたので、危ない奴は、自身の身の安全の為に全部会話をメモしてある。

オレンジのノートは、この9年間の過去の寮生の【出入り】を詳細に記してある。

あと、毎日の僕のタロット占いの運勢が書いてある。

9年間メモして分かったことだが、僕の、自身のタロットでの運勢占いの的中率は、80パーセントの的中率だ。

やっぱり、100パーセントの的中率では当たらない。

でも、80パーセントの的中率なら高い的中率だと、自身で自負しているつもりだ。

この的中率の自負が未来への【占い師のやる気】につながっている。

最近、僕の居る101号室の部屋には、最近入居したメンバーの私物ではあるが、22か23型の薄型の地デジテレビがある。

このテレビは、例の酒で強制退寮になったおじさんがいなくなった次の日に【出現】したテレビだが、一応、その新入居者はそのテレビをこの101号室に【寄付】をしてくれる、という話なので、晴れて全員のテレビになった訳だが、チャンネル権はまだその新入居者が中心になってテレビ番組を選択し、僕らはつるんでその選択した【その番組】を観ているが、昨日の夜、何の番組で何チャンネルかも判らないが、【今と昔】と題して、時代の移り変わりを放映していた局があった。

バブル崩壊、オイルショック、ゆとり世代・・・・

僕の生きてきた時代、世代の内容だった。

30年前の1985年くらいから今までの事とか、僕が幼稚園生くらいの時代までさかのぼったテーマもあったが、観ていて、【ああ・・・この時代を生きてきたな・・・】、と思った。

人生100年生きている人は、僕の何倍も【思い】が違うのだろうが、世間は30年経つと、【ガラリ】と様変わりをしてしまうようだ。

あと30年生きると・・・・僕は80歳・・・。

それまで生きているか判らないが、僕の生きていたい年齢は88歳まで生きるのが目標だ。

これは、親孝行の意味もある。

あと30年経ったら、僕の歴史は【第二章】になっていると思う。

あと30年後は、世界はどうなっているだろうか・・・・。

救済Xは、世界の民衆に【役に立っている組織】になっているか・・・? と考える。

僕のこの半世紀の人生は、小学校6年生までが、本当に小さい範囲ではあるが、それなりに【無垢な眼の感覚】の世界の中での幸福感を味わった。

子供時代は親父に偏見な眼差しがあったが、まあ、それなりに幸せだった。

だが、中学からは、所謂、【校内暴力の全盛期】の時代となり、ひどい中学生時代を生きて来た。

高校生は、親父に対して【反抗期】になり、20歳で家出をして20歳から25歳が僕の楽しい所謂、【青春】だったと思う。

この内容は、先日公開した、救済Xの新規投稿で大体の内容は書いた。

僕のこの半世紀の人生は、時代的にも【高度成長期時代】なので、この半世紀は変化に富んだ時代で、その中で生きてきた僕は【波乱万丈】の人生だった。

特に、39歳から48歳までは、この今住む寮生活なので気分も精神も【どん底】を舐め続けてきた。

この今住む寮は人生の5分の1を生きたことになる。

あとの残りの目標である88歳までは、世界の民衆の為にこの身を捧げたい。

未来に栄光あれ!

来年で、僕はこの寮に住んで10年目を迎える。

これは僕の一つの目標ではあるが、2018年 12月31日 までに、僕は絶対に救済Xの中心拠点となる僕の住居&仕事場を作り、必ずこの【自由な牢獄】から引越しをして、全世界に向けての現実世界での第一歩を、人生の上でこの自身の歴史に刻みたいと思う。

あとは、素晴らしい女性と出会って、再婚して、一人だけ子供を作ってこの世を去りたいと思う。

とにかく、自分の遺伝子なるものを一つ残して、実際問題として僕はこの世に生きていたのだ、という証を残してこの世を去りたいと思う。

今の僕の目標は3つだ。

① 救済Xの中心拠点の設置(住居 兼 仕事場)

② 再婚

③ 救済Xの大発展

この3点を目標に88歳まで駆け抜けたいと思う。

88歳・・・・時間があるようで、あっという間の出来事になるだろう。

今日から明日、また新たな決意で渾身の思いで頑張りたい。

今回はこの辺で・・・。

今回も僕のブログを読んでくれてありがとうございました。

このブログ観覧するすべての方々の幸せを祈りつつ・・・・。

占い師・救済X-主宰- 菊月孔命


運命転換分析論の無料サービスをお求めの方は、

インターネット無料サービス連盟・救済Xエックス

http://tetuzinx20152.tokyo/




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