僕の心はハートブレイク

11月8日・火曜日 天候 晴れ 一時 雨 最高気温17℃

最近、本当に涼しくなった・・・。

と言うより、肌寒いを越えて【寒い】に変わりつつある今日この頃である。

今日のこのブログの投稿は、本当は日中に終わる予定だったが、いつもの如く、やーっぱり邪魔が入る。(泣)

今日は会社のノルマの仕事は早く終了して待機になったので、【よしっ、前倒しで速攻にやっつけよう!】としたら、ある同室者の年配者・・・まあ本人は【高齢者】と口癖のように毎日言っているが、その高齢者が最近自転車を買い、行動範囲も広くなったが、今日はハローワークに午前中に行くと僕に宣言して、丁度その【高齢者】が帰寮した瞬間が、さあ、オフィシャルブログを書こう・・・という瞬間だった。

だが、人生はやはりうまくいかない。

その高齢者は、明日、面接の日取りをハローワークで決定して来たらしくテンションが高いせいか、僕に対して歓喜の声で弾丸のように話しまくりの連続。

結局、夕飯間近まで、話に付き合わされて、最終的にはいつもと変わらない時間になってしまった。

まあ、【部屋長】は本当に辛い・・・といった方が良い。

聴きたくもない相手の話に付き合わされるのだから・・・・。

今日は、昼休みにちょっと気になったので、また外の施設にある男子寮からほど近い、【総合体育館】という所に行ってきた。

11-8-1

先日、来た時は、珍しく先約者が数名いて、まったく使えそうになかったので、国立市役所のネット観覧サービスを利用したが、今日はタイミングも良かったのか・・・だーれもいなーい(^^♪

僕の愛するパソコンちゃんは空席でがらーっとしていた。(笑)

11-8-2

実は昨日(7日)から世界無料鑑定Xで気になっていることがあり、今日はこのパソコンで手っ取り早く調べるためにやってきた。

もしかしたら、観た人もいるかもしれないが、世界無料鑑定Xのトップページにブログパーツの【国際ニュース】を公開したのだが、スクリプト起動とデータ取得の時間が長いせいか、サイト自体の動作が非常に重くなった。

それは、WiFiの自分のパソコンでも、なんか表示がすごい時間がかかるので、今日は総合体育館の激速ネットの中では、どんな表示速度かを調べに来たわけだ。

チェックの結果、やはり表示が・・・・正確にはサイト自体の表示速度が全体的に非常に重い。

また、総合体育館の最新のパソコンでも、固まる現象が現れるということは、もう決断はこれしかない。

没で削除で交換だ。

一応、世界規模をテーマにしているサイトなので、国際ニュースに拘っていて、どうしても国際ニュースのブログパーツを探したが、悲しいかな・・・・思いに叶うブログパーツはない、と判明。

しょうがなく、軽そうな【国内ニュース・ベスト5】のブログパーツの選択肢に妥協した。

当面は、差し替えたこの国内ニュースのブログパーツで行くしかない、と思っている。

もし、いい感じの国際ニュースのブログパーツが今後、見つかったら、そして軽かったらまた差し替えを行いたい。

それまで、しばし我慢の子でいかなくてはいけない。

今日はだいぶ【前置き】の話が長くなったが、いつもの如く、今日のブログの【テーマ】は何にしようと悩んだが、今日はハートブレイク、つまりは、【傷心】をテーマに書きたいと思う。

僕はこのブログでも書いているが、人生半世紀を生きた・・・いや、生きてきた・・・。

その人生の中身は、まさしく【傷心】の闘いの連続だったと言える。

人は、僕に限らず、みんな傷心と闘いながら人生を生きている。

ハートブレイク、まあハートブレークとも書くが、ハートブレイクという言葉は、一般的に【失恋】の印象が強い。

芸能界の歌にしたって、ハートブレイクとタイトルが付けば、大抵、失恋をテーマにした歌になっている。

今日は、テーマは傷心でも、特に【努力】にまつわる傷心を書きたいと思うが、僕は若い頃、特に二十代はまさにガラス細工のように心がもろかった。

まあ、正確には、外敵のプレッシャーに極端に弱かっただけの話だが、僕はどちらかと言えば、人生論でお話をすれば、【努力家】の部類に入ると思う。

僕は若い時からそうだったが、仕事は中小企業への会社勤めはあまり考えてなかった。

どちらかと言うと、【自分の才能で世間に挑戦】して、自分の才能で稼いで飯を食いたい【派】だったので、やはり若い頃は手っ取り早かった【バンド活動】に命を燃やした。

僕の若い時の情熱と熱中度はまさしく【加熱】という言葉がふさわしいくらい、とことん好きなモノには【熱】を上げてきた。

まあでも、今から考えれば・・・の話だが、確かにビッグの夢は叶わなかったが、それを代償にかけがえのない大きなものを人生の中で学べたと思っている。

まず、チャレンジスピリットは徹底的に鍛え上げてきたと思う。

でも、僕の人生は、その思いと質量に反するように、結果が逆に出てきていつも最後は【傷心】に苛むことになる。

僕は、人生の中では、たくさんの夢は描かなかったが、今日まで思ってきたことはただ一つ・・・。

【一つだけ絶対に夢を叶える】これだけ、常に心の底辺で確固たる決意の元で毎日を生きてきた。

もちろん、統合失調症を患ったこの9年間も決意は一切変わらない。

僕の夢って・・・なんだろう・・・っていつも考える。

僕の夢は、思う縁に触れて感じるが、【人に幸福感】を与えるモノをいつも僕は人生の対象物として描いて生きてきた。

でも簡単に【人に幸福感を与える】というが、実はこれは並大抵の努力では決して他人には通用しない。

それは、人が10人いれば、性格も全員まったく違うように、人生も同じ人は一人もいない。

そして、自分の生活水準を基準にして相手を考えると、若い頃は、生活の豊かさの落差に僕は本当に傷ついてきた。

貧乏、金欠病を恨んだことはないが、自分はいつも【なぜ、こんなに低い水準の生活なんだ!?】とは思ってきた。

まあ、これは劣等感というものなのかもしれないが、裕福な生活水準に若い頃はよく憧れた。

だが、その憧れも、四十代半ばで、ほとんど決着がついたと言ってよい。

だいたい四十代半ばになると、まあ・・・やり直しや、後戻りが、なかなかできない年齢になってしまう。

飛びぬけて頭脳明晰で頭もよく、合理的な事を確実に実践する人は、まれに【豊かな生活水準】になる人はいるが、大抵は、育ってきた環境に引きずられた人生が、今現在の生活水準だと言ってよい。

だから、大金持ちの家系に生まれた人は、おのずと【恵まれた環境の生活】になるし、【貧乏な人】は、どこまで行ってもやはり貧乏だ。

ただ、この理論には、例外はやはりある。

映画のように、まれに【プリティーウーマン・シンデレラ】のようになる人もいる・・・と一応付け加えておく。

でも僕が半世紀生きて、【生活水準】だけの事に関して言えば、人生は、そして実生活は、常に中間レベルが良いと思っている。

中間・・・つまり現実社会では俗に言う【平凡】というやつだ。

平凡は、【苦労】も実感し、そして理解もし、【幸福感】もほどほど感じられる人生が平凡だ。

これは、50代でよく聞くようになったが、(笑)、いくら億万長者になっても、あの世までは金はもっていけない。

持っていけるのは、生命哲学から答えれば、【人生の生きた分】の福運や福徳しか、死後の未来にはもっていけいない。

その福運・福徳の【大きさや質量】で次の生は決定する・・・というのが現代の最高の生命哲学の論理だ。

だから僕は、他人に対する良いことを人生の中でたくさん積んでいこう、と思って、【無料鑑定】を始めた。

またそれを【世界規模の民衆】まで、範囲を広げて毎日を闘っている。

人間は、やはり、欲の塊なので、おのずと、金を幸福の水準の基礎・・・と考えがちだが、本当のその【基礎】とは、人生の中で沢山の【心の充実感】をいくつ作れるのか・・・というのが、本当の人間の生きて行くための【テーマ】でもあるとも言える。

人によって、そして人生観によって、その【基礎の充実】はみな人それぞれ違ってくるが、行きつくところは皆同じ終着点だ。

それは、【永遠に崩れない心の充実】だ。

人間は、苦労するように、運命のシステムがそうできている。

産まれてから死ぬまで幸せだった・・・という人間は一人もいない・・・。

皆、傷心と闘いながら、【人生の充実感】を創り上げるのだ。

僕は半世紀生きて思うが、人間の選択肢は決して【目先の判断】では決めてはいけない。

よーく、考えて、将来の結果を見据えられるような行動と選択肢をしなくてはいけない。

それが一番人生の中で【傷心】をできるだけ少なく生きていけるポイントだ。

だから、【傷心】とは、現実論では辛く厳しいものだが、それは生命論と幸福論から申し上げれば、絶対になくてはならない心の財産なのだと僕は申し上げたい。

これからも粘り強く、そして絶え間ない努力を続けて、大いに【傷心】に傷つきながら、立派な大人に成長しよう。

それは、後世に伝えられる宝になるものだから・・・。

今回はこの辺で・・・。

今回も僕のブログを読んでくれてありがとうございました。

このブログを観覧するすべての皆様の幸せを祈りつつ・・・。

 

 

Follow me!

コメントを残す

Translate »
Top
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。
ツールバーへスキップ