君よ、よくぞここまで闘った・・・。

11月1日・火曜日 天候 雨 のち 晴れ 最高気温17℃

今日もあと二時間ほどで、本日の活動というか、一日の闘いが終わる時間になった。

今日は自分の決めた予定通り、このオフィシャルブログを更新する日だったので、今日のブログのテーマは何にしようか、と朝から悩んでいたが、今日のテーマは【寮生活】の事を書きたいと思う。

実は、今日は夕飯を食べてから、同室者とちょっとした意見の言い合いがあって、ちょっと気分がブルーな状態だが、過去の投稿記事でも書いたが、【書いてしまえばウサは晴れる】と思うから、今日は目一杯書きたい!(笑)

過去に書いたか忘れたが、毎週火曜日は、僕の部屋が寮の各所の掃除当番の日だ。

僕は掃除当番の火曜日は、男子寮のマンションの最上階の食堂を掃除しているが、先週はその食堂の掃除で【寮長から予測もしなかった意外な激怒】を飛ばされたばっかりだ。

だから、今日は、徹底的に【完璧】といえるほど食堂をピカピカにしてやった。(笑)

11-1

僕が今住居としているこの男子寮に来たのは、もう8年も昔の事になってしまったが、2008年・9月29日の月曜日に今住む男子寮に来た。

この日は、朝から運悪く土砂降りの雨の日で、またこの日は、実の妹とお別れをする妹の引っ越しの日でもあった。

まあ、早い話、僕が寮生活になった理由というのは、精神疾患を患った統合失調症のお陰で、その中で妹が当時同棲していた彼氏と正式に結婚・・・つまり入籍して旦那となる彼氏とワンルームに引っ越すので、僕とは暮らせない・・・となった。

結局、僕は妹のアパートの部屋に居候をしていた身だったので、しょうがなくでる事になったのだが、またそれも運も悪く、僕もまったくお金がない貧乏の時代だったので、妹【夫婦】とは最悪な別れとなった。

8年前の9月29日の土砂降りの雨の日に男子寮に来たわけだが、当時の僕の心の中はズタズタだった。

幻聴はひどいし、妄想もひどく精神科の薬は手放せない状態だった。

まあ、寮生活を始めて、二年ほどで統合失調の病状も回復へと向かい、今はほぼ完治に・・・いや正確には軽度の統合失調症と言われるほどまで回復した。

ただ、僕の病気は、【根治】はない、と主治医から聞いている。

だから、薬はずっと飲み続けないといけないが、今処方されている薬の量も当時から観れば激減のようにぐんと減った。

まず、寮に来た初日から、僕の寮生活の闘争は始まった。

まず、食事だ。

それまで、妹と暮らしていて、食事はいつも【温かい食事】を食べていたので、寮の冷えた食事には本当に抵抗があった。

まあ、それも慣れるまでの辛抱かもしれないが、食事は、白米以外は、【ぬるい】か【冷たい】かのどちらかだ。

それで、味噌汁がマズイ。(一生懸命作っている寮長には悪いが・・・)

あと、これは過去の投稿記事にも書いたが、業務用のカレールーは最悪だ。

旨いような不味いような中間の味わいで、変に長期に渡って食える味になっているが、僕の胃袋はすでに7年前くらいにカレーライスはノックアウト状態だ。

もう、その【マズイ】カレーライスは、毎週日曜の夜に8年間も食い続けている。

あと、寮生活で悩んできたことは、やはり、【人間関係】で一番悩んできたが、僕はこの悩みは【普通の次元】ではないと、いつも心に思っている。

前にも書いたが、僕の男子寮は、約9割5分の人間が、【人生につまずいた状態】で、この寮へやってくるメンバーがほとんどだ。

それもタチが悪いやつらばっかりで、まともな感覚のやつはあまりいない。

普通な感覚に見えるような男でも、実は二週間ほど一緒に生活をすると、その【本性】がよく見えてくる。

特に一番、同室者とトラブルを起こす奴は、大抵【神経質】なやつがほとんど問題を起こす。

問題というのは、つまり【大喧嘩】を始めるという事だ。

僕は【部屋長】になってから、変な奴は時期を見て、【他の部屋】へ移動させるようにしている。

ハッキリ言って、関わっているとろくなことがない。

これは、長い期間生活をすればわかる事だが、神経質なやつは、絶対にいつかトラブルを起こす。

これはもう100パーセントの確立に近いものとなっている。

次に悩んできたのは、これは人生につまずくと【そうなってしまうのか】、いつも気分がイライラしているのか、【音に敏感】な奴がかなりの割合でいる。

【歯ぎしり】と【いびき】を嫌がるのはしょうがないとして、今までこういう男がいた。

「ゲーム機(小さなモノ)」でカチャカチャと小さな音を立てて昼間から遊んでいる若い男子を、昼間っからめったくそに激怒する変な奴がいた。

あと、スリッパで歩く音がうるさい! という変な奴もいた。

とにかく共同生活をしていると、色々な問題が勃発する。

また、僕の寮の部屋は、各人のテリトリーに仕切りがない部屋なので、プライベートな部分は一切ない。

毎日がすべて丸見えの状態だ。

寮に引っ越してきた当初は、ヤクザな男もいたのでだいぶ苦労が絶えなかったが、寮に来た当初、一番悩んだのが、毎月、月の上旬になると財布から金を抜き取られる問題がその頃勃発していた。

当初は、生活保護の支給で生活していたので、支給日の次の日にコンビニなどに買い物に行き、レジで財布をあけると5千円ほどない月がずっと続いた。

本当にこの困難は悩みに悩んだ。

犯人は同室者以外に考えられないが、もっとひどい時は、ベッドの敷布団の下に隠しておいた一万円が病院から帰った来たら【なかった】なんてことも当初はザラにあり、生活扶助が支給されて、10日後には【何も買えなく】タバコも吸えない、髭もそれない・・・なんてのも毎月の様に起こった。

だからと言って、この事件を寮長に話すと当時の寮長のセリフは、「菊月の金の管理が悪いからそうなるんだ!」の逆叱咤で終わったのには、本当に傷つく現実の出来事だった。

これは、五年くらい寮生活を送った時に感じた所感だが、人生につまずいた50代から70代の年配者には、40代の前半の男は、まだ【半人前の男】のような扱いしかされない・・・のが僕の寮生活の現実だ。

僕は49歳から【部屋長】に任命されたが、46、47歳くらいまで、その年代の男に【ナメラレテ】ばっかりだった。

まあ、僕は印象的には、柔らかい感じの印象の男なので、ナメラレテしまうのはしょうがないとしても、ただ、絶対に反抗的に断った事がひとつだけある。

それは、俗に言う【パシリ】というやつだ。

あれ買って来い、これ持ってこい、あれをやって来い!

この言動だけは、絶対に反抗的になって断ってきた。

僕は舎弟ではないのだから・・・・。

これまで、他にも色々な困難があった。

金銭を財布から抜き取られるのは一年くらい続いたが、あとは人間関係で悩み続けた事がほとんどである。

僕のこの困難な生活に今まで耐えられたのは、心の中に密かな夢や希望があったからではない。

ハッキリ言って、困難な生活でこの8年、夢や希望なんてものはどこかに消え去ってしまった。

僕の心を支えたものはただ一つ・・・。

これからの残りの人生は、生涯の中で【人間的に何か一つだけ】良いことをして、それをまっとうして人生の終身を迎えよう・・・

ただ、この固い信念というか、決意だけが僕の心の支えだった。

それを現実の形にしたのが、僕が今やっている【無料鑑定】&【世界無料鑑定】だ。

人間として、そして男として、微力な力量かもしれないが、人生で良い事をひとつだけまっとうして、世間の人に喜ばれればそれでいいと・・・思っている。

終身のその時まで、人に【幸福論】を広めていきたいと思う次第である。

今回はこの辺で・・・。

今回も僕のブログを読んでくれてありがとうございました。

このブログを観覧するすべての人々の幸せを祈りつつ・・・・。

これからも、渾身の闘いを務めていきたい。

 

 

 

 

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