想えば遠くに来たものだ・・・。

10月19日・水曜日 天候 晴れ 時々 曇り 最高気温22℃

今日は時間が経つのが早い。

最近はとくに無料鑑定の仕事が増えたせいか、時間のやり繰りで苦労するため時間が過ぎるのを特に速く感じる。

また、もう十月も中旬を過ぎた頃になると、夕刻の六時は本当に外の景色は暗い。

二か月前までは、まだ夕刻の六時というと外はまだ明るくて、夕方になるのが待ち遠しいとも感じたものだ。

今日のこのオフィシャルブログの投稿記事は、いつもの如く、在宅鑑定が三件だけだったので、仕事が終了し待機時間になったら書こうかとも思っていたが、なんか心の胸騒ぎを感じ、本日送る無料鑑定の依頼者に鑑定結果報告書をお届けする方を先に優先してしまった。

1019

今回は、世界無料鑑定サイトのニューバージョン、世界無料鑑定X-エックス- も段々と仕上がってきたので、今回はこれで行きたい。

今日の投稿記事の書くテーマは、今日の夕刻の六時頃までは、ぼんやりとした形でしか僕の頭の中には存在していなかったが、最近、人生を振り返る時間が多くなったせいか、今日のテーマは【人生30年】というのをテーマにして、僕の生きてきた30年の歴史を振り返ってみたいと思う。

今日のブログのタイトルは【想えば遠くに来たものだ・・・】というモノにしたが、このタイトルは本当の事であり、本当に僕の切実な所感である。

人生30年・・・。

僕にとっては、あっという間の時の流れだった。

30年前というと二十歳の頃である。

僕の人生のスタートラインは、20歳の8月11日がスタートラインと言ってもよい。

この日付を聞くと、僕の運営する各サイトをよくご覧になっている方はすぐに、ピーン! とくるかもしれないが・・・

そう、この日は、僕の人生の大勝負を賭けた一大事である、忘れもしない【家出】をして家族を捨てた日だ。

僕は、この日から本当の独り立ちという、自立した人生をこの日から歩き出した。

アメブロ【さよなら夏の日】の連載小説を最初から読んでくれている人は、よく理解や把握をしているかもしれないが、家出の光景から現在進行形のバンド活動まで、僕がどんな生き方や考え方で毎日を生きてきたかよーく、解ると思う。

まあ、解らなくても・・・感じるモノはあると思う。

今からこの30年を振り返ると、僕は本当に忙しない日々を送ってきたと思う。

また・・・波乱万丈かはどうか解らないが、人生三倍生きてきたような実感を今でも感じている。

二十歳の頃は、実際の感覚として未来の30年後・・・なんて考えないで生きていた。

今に夢中になり、今だけを見つめ、今のこの瞬間だけが輝けば、僕はそれが【最高】の時だと思い、またそう信じて生きていた。

実際に30年経ってみて思った事だが、やり残してきた事はないとは・・・思っている。

ただ、僕の中にあるものは【後悔】だけだ。

特に両親に心配をかけたことに【ごめんなさい】と言えずに他界をさせてしまった。

30年の時の流れは、現実はすごーい長いものだが、思い出の中では、30年前を振り返るのは一瞬の出来事だ。

その一瞬の出来事である30年間が本当に流れてしまった。

人生、100年生きている長寿の方は、もっと人生観が深いと思うが、30年経つと、世間の風景や光景、世代感覚がすべてが変わってしまう。

現に男子寮に住んで今年で8年目になるが、毎日見慣れた男子寮の近辺や近隣はだいぶ変化があり、色々な建物や店が変わってしまった。

こんな事を書くと、また思ってしまうが、この男子寮生活も、人生の約五分の一をここ(男子寮)で生きたことになる。

ただ、30年たっても変わらないものもある。

それは、人間の心の中だ。

物が豊富になった事で、生活水準のレベルは30前とは雲泥の差があるが、人の心と生き方、苦労、運命の苦しみはまだ何一つ解決されたものはない。

ただ、改善策が豊富になっただけで、その改善策も、人の【選択肢】によって、良い方にも悪い方にも変化してしまう。

あと数年で、二回目の東京オリンピックが開催されることになるが、最初の東京オリンピックは昭和39年で、僕が生まれる前年度だった。

今度の東京オリンピックは【縁と使命】があれば、観られると思っている。

最近、テレビを観て折に触れ思うが、昭和40年の昔のテレビのVTRは、なぜか白黒映像が多いのが気になっている。

僕の子供頃は・・・テレビはもっとカラー映像が多かったように思っているのだが、なぜか、今観る昭和40年代の映像は白黒が多いのに・・・・やはり時の流れと時代を感じてしかたがない。

また細かい部分も大きく変化してしまった。

髪型(ヘアースタイル)

服装

ファッション

言葉の話し方

コンピューター関係

携帯電話関係

医学の病名もだいぶ改正と追加が増えた。

こう考えると、次世代の30年後は・・・・いったいどんな光景に世間は変わるのだろうか・・・と思ってしまう。

パソコンも昔と比べると容量は爆撃的に増え、技術革新も目まぐるしく・・・そして何より、軽量と薄型に変化しつつある。

また、この30年で変わった事は、知的財産の豊富さが非常に目覚ましいものがある。

世間は、ビジュアルは【美しく・綺麗】に変化をしたが、その底流では勉学として覚えるものも格段に増え、そして内容が高度になり、恐ろしい事に・・・・それが【普通】になりつつあることが本当に恐ろしい。

基本となる土台は変わらないのかもしれないが、完成までの組み立てのプロセスが本当に複雑になり、また要求が膨大に変化するとともに、それらも【普通の感覚】になろうとしている・・・。

こんなに高度高度と責め立てられ、未来の子供たちは本当に今の財産の使い道を理解できるのだろうか・・・。

だから、将来、世の中は、出来る子、出来ない子の格差が激しい時代になる恐れを僕は感じてならない。

この十年くらい、男子寮生活をしているせいか、年配の方と縁する機会が多いため、人生の【影】をよく見るようになってきている。

前にもこのブログで書いたが、僕の男子寮は、【人生につまずいた人】がほとんどだ。

二十代の若き頃は、みんな将来に夢があるせいか、【つまずいた人生】など、みんな考えないで生きている。

実際に、人生を深く考える年頃はいったいいつ頃か・・・・というと、僕は49歳の後半からだった。

まず最初に思う事は・・・・もう若くない・・・・とつくづく思うようになる。

だいたい、そう思う時、というのは、健康を害する機会が増えるとか、体に俗に言う【ガタが来た】という時に、人生を深く考えていく年頃になるのだと思う。

みんな結婚をして、銀婚式などの時期を迎えれば、旦那さんと築いてきた歴史に深く感銘や共感を覚えるのかもしれない。

またお子さんが成人になれば、今度は第二の自分の人生を考え、老後の事の地固めを始めていくのだとも思う。

僕は、バツイチで子供にも恵まれなかったので、現在はひとりぼっちだ。

妹が二人いるが、もう十五年以上もあったこともないし連絡もない。

だから、本当に孤独に心が苛まれる事があるが、その中で、たまに思う事が一つだけある。

僕が育って、家出するその瞬間まで住んでいた、埼玉県 戸田市のあの実家である、アパートの今の姿を観てみたいと思う。

数カ月前、インターネットでグーグルアースを通して、埼玉のその住所の地をみたが、昔の面影は残っているが、風景は変わってしまった。

実家のアパートだった場所も今は、広大な駐車場に変わっていた。

今年は無理かもしれないが、来年あたり、育った地を訪れて現実に歩いて、昔と今の違いをこの眼に焼き付けたい思う。

人間は、時代が変わっても、勉強はするし、進学もし、そして恋愛、結婚、仕事もする・・・。

この30年、そして半世紀の50年間生きてきた中でただ一つだけ、絶対に変えてはいけないものあるとしたら、それは何だろうと・・・僕はいつも自分の心に問いかける。

僕のこの年代の中で思ったことはやはり・・・・【信念】・・・・だけは、絶対に変えてはいけないし、変わってもいけないと思う。

何よりも、信念こそが長きの人生を生きるため、ある意味【キーワード】でもある。

だいたい、信念を曲げる時とはどういう時か・・・・?

やはりそれは、【敗北と無念】の時ではないかと僕は思う。

信念とは、【その人の人生の原点】でもある。

僕は、皆さんに言いたい。

あなたの【原点】こそが・・・・本当の宝であり、お金に変えられない【珠玉の財産】なのだと・・・。

今回はこの辺で・・・。

今回も僕のブログを読んでくれてありがとうございました。

このブログ観覧するすべての皆様の幸せを祈りつつ・・・。

 

Follow me!

Translate »
Top
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。
ツールバーへスキップ