お父さん、僕はあなたを忘れない・・・。

9月5日・月曜日 晴れ 時々 曇り 最高気温 31℃

95-1

夏が終わって、残暑という名残りの季節になった。

東京の国立市の暑さも・・・そんなに厳しくない。

今日は、忘れもしない、僕にとっては永遠の心の【偉大者】親父が亡くなった二回目の命日の日だ。

少年期、青年期、はあの親父が大っ嫌いだった。

へどがでるくらい軽蔑し、偏見な目でいつも観て、顔を観れば嫌悪感が絶えない人物だった。

だが、今は違う。

僕もやっと、大人になれた。

あんなひどい最悪な親父だったが、【尊敬の念】をいだけるまで成長をした・・・というより成長できたと思う。

二十歳の家出をする時期は、親父をゴキブリ以下の最低な人間だと・・・・勘違いをしていた。

あんなひどい親父だったが、家出するまで、僕を育ててくれたし、家出してから15年後の帰郷(笑)後、温かく僕を叱らずに出迎えてくれた。

だからと言って、別に特別な事はないが、家出から帰郷した時は、親父は昔よりは少々まともな男になっていた。

まあ、二年前に寿命が尽きて亡くなったが、僕は親父の死に目には会えなかった。

母親も、死に顔は観たが、やはり死に目には立ち会えなかった。

これも僕の運命だと思うが、母親が亡くなって数年たち、そして親父がなくなってから本日思う事は、僕はあの二人の子供なんだと・・・誰人の子供でもない、あの二人の愛の結晶が僕なんだと、つくづく心の奥深いところから思うようになれた。

少年期に観ていた二人の思い出は、毎日が夫婦喧嘩となじりあいの日々しか記憶にないが、だが、母親は、あの変な親父を最後まで愛し続けた偉大な女性だ。

普通なら、あんなひどい親父は 離婚 の道を選ぶのが普通だと思う。

しかし、母親はそうはしなかった。

なぜだろう・・・・。

これは今でも僕の永遠の謎である。

それは果たして 愛 というものなのか・・・・ただ、人生において選択肢がなく 惰性 で生きていたのか・・・・。

しかし、それでも、そして平凡だった人生かもしれないが 母親と親父 は、僕の最高の【偉大な人物】へと変化を遂げた。

僕も・・・最終的には、そんな人間になりたいと思う。

今は、僕には 子供がいないが、もし今後、誰かと結婚して もし 仮にも 子供ができたら、僕は、愛情を注ぎに注ぎ込んで素晴らしい子供に育てたいと思う。

それが・・・・本当の親孝行だと思っている。

僕は、ブログにも書いたが、親父に辛い思い(家出)をさせたことを 今は 非常に後悔している。

それは、未来に希望を抱いた 家出 だったが、究極は 逃げ だという事が、悲しかな、それを実感できるまで、かなりの年数がかかってしまった。

これは、僕の人生の生きてきた中で 学んだ事だ。

人間は、困難に立ち向かってこそ 偉大な人物に成長できるのだと・・・・中年期に入ってやっと理解できたことである。

僕は、親父に心から誓いたい。

今後は終身まで世界の人々、そして身近では縁をする人々に、幸せとは何か・・・・を伝えていきたい。

そして、この世に残した僕という生を世界に輝かせて、何年後になるかわからぬが、あなたのそばに行ったとき、しっかりと現実社会で貢献した証をあなたに話したい。

そして、しっかりと 謝りたい と思う。

残暑というのも・・・・もう終わる。

新しい 秋が 到来する。

二度と戻ることがない 秋・・・・。

人生とは、だから素晴らしいのかもしれない。

人間は偉大だ。

生命は永遠だ。

そして僕の使命も永久だ。

今日の日をまた新たな【原点の一日】として、来年に向けて頑張りたい。

そして、一年一年を悔いのない人生で飾りたい。

それが、あの二人への 親孝行 だから。

今回はこの辺で・・・・。

秋が始まりました・・・・。

95-2

今回も僕のブログを読んでくれてありがとうございました。

このブログを観覧するすべての皆様の幸せを祈りつつ・・・・。

 

 

 

Follow me!

Translate »
Top
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。
ツールバーへスキップ